海水浴

この夏、ゴルフや散歩の中で夏の想い出にひたっていたせいか海で泳ぎたくなった。
伊豆に断食に行く際、海パンを持参した。
断食中は行けなかったので帰りに海水浴場に寄っていこうと決意した。
伊東の浜は人で一杯であった。
宇佐美か、網代、多賀ならすいているかなと電車に乗った。
はたして、となリの宇佐美に人は少ない。
そこで宇佐美で下りて海へ行くことにした。
暑いひざしの中、麦わら冒子をかぶって海へ歩いていく。
デジャブ体験が浮かんできた。

何年ぶりの海水浴だろう。
子供のころ道路を歩いて海水浴場に、砂浜に行った思い出が浮かんできた。

海の家を使った。
潮風が心地よくゴザの上でしばらく昼寝を楽しんだあと、
意を決し海パンに履き替えて海へ。
沖に向かってそろそろと泳いでいった。
表面は暖かいがすぐ下の水は冷たい。
こんなのが心臓に良くないのかと思いながら泳いでいった。
すぐに足がとどかなくなった。
足が届くところまで戻り、しばらく泳いだり休んだりしていた。
そのうち、無重力を楽しめるのが海の中だなと感じた。宙返りをしたらできた。
つま先たちでジャンプをやっていた。
思いついてバレリーナのようにポアントでやってみた。
つま先が、反らず曲がらずというのは足関節が伸びないと無理だと実感した。

プールで使うゴーグルを着けていた。
ゴーグルのよさは水の中が見えるということで、波が作る海底の縞々の砂が見える。
砂しか見えないなと思っていた、そのときに魚が、泳いでいったのを見つけた。
保護色なので気づかないと見えない。
一旦、見えるとすぐ見つけられる。
『分かるとは』、『認知とは』ということが浮かんだ。
ゴーグルをつけて泳いでいたが、はずしてみたら目にしみないのだ。
昔はしみた思い出があるが年をとったからか、鈍くなったのか、いろいろ考えた。
やはり、海は命の元、しみないのかと納得。
プール用にゴーグルを用意するのは塩素などのせいなのかなと感じた。

もう一つ発見した。
肘まる体操のアドバンスで水泳体操を披露しているのだが、
クロール、背泳、バタフライ、逆バタフライは平泳ぎとして個人メドレー4種目やってもらう。
これが好評である。
そのあとまだ2つありますが分かりますか?
と答えを考えてもらう。
答えは、右はクロール、左は背泳で左右逆方向に肘肩をまわすのである。
これは頭の体操になる。
できてみると簡単だが、それまで四苦八苦する。
そしてこれまで、これはプールではできませんがと言ってきた。
しかし、海だと右はクロール、左は背泳でクルクル回りながら泳げるのである。
これも海の中だからだと身体の回転を楽しんだ。
こんなことをしながら、小一時間海水浴をした。
また、海の家に帰りビールと枝豆で昼飯にしたのだった。
将来、美立教室・海のレッスン合宿でもしたいなと思った。

渡會公治

カテゴリー: タワライ日記 パーマリンク

コメントは停止中です。